天秤棒に心をかけて

更新日:8月8日
練習や人に会う目的でしかたなく行きはするものの基本的にジャムセッションが好きでない理由はいくつかあるが、そのうちのひとつが撮影や録音だ。誰彼かまわず演奏者の写真や動画を撮ったり録音したり、さらにそれをSNSで撒き散らすようなひとが今なお少なくない。だから3年前、西小山でのライブを控えて調整のため行ったセッションでご一緒したピアニストの女性と偶然とある駅で再会したとき、セッションの演奏を録ったものをあるひとに送ったと聞いて、はじめは正直、不愉快に感じた。
よく話を伺ってみると、録音の送り先はあるトランペッターの方だという。私がお会いしたのはたしか2回。まだ音楽活動をしていた昔、一緒に演奏をしていた仲間と彼がよく共演していて、お互いのライブで演者と客として、というシチュエーションで顔を合わせることがあった。ピアニストの彼女もオーディエンスとしてそこにいたそうで、セッションで会った日に私のことを覚えているとおっしゃっていた。
穏やかなお人柄と渋い演奏がとても魅力的な彼とは互いのライブの中で一曲ずつ、シットインで共演もさせていただいた。静かでやわらかい内省的なサウンドと佇まいにはしかし同時に、頑固なほど熱く深い音楽への敬意と情熱が溢れていた。高名な写真家でもあるジャズクラブの店主が「演奏中の彼に安易にレンズを向けることはできない」と言っていたのを覚えている。わかるような気がした。
ピアニストさんからそのお名前を伺ってとてもなつかしかったが、同時に「ちょっと身体を悪くして今は故郷に戻り音楽活動を休んでいる」のだと聞かされた。彼のもとに送られたセッションの録音は西小山でのセットに予定されていたDuško Gojkovićの「In the sign of libra」で、お世辞にも褒められた出来でなく恥ずかしかったが、ゴイコビッチを彼はとても敬愛していてすごく喜んでくださったそうだ。不本意ではあったが自分のした演奏は自分の責任。文句は言うまい。
あれから3年が経った先日、彼が長い闘病の末お亡くなりになったと聞いた。
言葉もなかった。
