邂逅
- keiichiroyamazaki

- 14 分前
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広く、ひんやりと冴えた空気が静かに流れぴんと張りつめた廊内は明るくも暗くもなく、足音を立てることも憚られた。自分の他に人は誰もいなかった。すべて作品は金属で、表面の風合いによって木のようにも石のようにも、あるいはしなやかで弾力のある樹脂のようにも見えた。亀、蜻蛉、阿修羅、そして炎のような形を成さぬもの、滑らかな円筒のようなもの、古代に彫られた石の像に似せたもの。なりふり構わない、そんな第一印象だった。
ステイトメントや過去のテクスト類の中にメチエという用語を見た。人間のひとりひとりにそれぞれ声があるように、真摯な作品はそれが何であれ、また年月とともにどのように変化しようとも一貫した質感や雰囲気を纏っている。生前の彫刻家を私は知らなかったが、その雑多な作品群からはどこか仏具のような、軽々しく手を伸ばしてはならない厳かさと凄みが感じられた。素材から像を切り出すのではなく、この世界から可能なかぎり純粋な形で己のメチエを切り出そうとしたのだろうか、静かで、しかし激しい壮絶な人生が想像された。
作品とはどこからどこまで作品で、人間はどこからどこまで自己なのであろう。エルゴンとパレルゴン、シニフィアンとシニフィエ。ひとは誰しも独り意識の牢獄の中にいて、幻にすぎぬかもしれぬ外界に眼差しを向けて生きている。決して外には出られないし、触れることも叶わないが、憧憬を抱き、闘志を燃やし、そうした営みがひとを作り、育んでゆく。
平日の午後で街にひと気はあまりなく、ぼんやりと考えながらあてもなく歩いて、ふらりとジャズのレコードショップに立ち寄ったら、何故か棚にカンディンスキーの「抽象芸術論」が並んでいた。箱はぼろぼろだったが中身はきれいなもので、今日はとことんそういう日だ、と380円でそれを買って帰った。
