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極圏を越えて

  • 執筆者の写真: keiichiroyamazaki
    keiichiroyamazaki
  • 5 日前
  • 読了時間: 4分

更新日:1 日前

確かな技術と落ち着いた深い音色、リリカルな音楽性で知られるジャズトランペッター鈴木雄太郎氏の1stリーダーアルバム「Beyond The Arctic」のCDジャケットのデザインを急遽することになり、8月は丸々かかりっきりになっていた。雄太郎氏とは5年ほど前、ひさしぶりに楽器を吹いてみようと思い立って間もないある日高田馬場のジャムセッションで初めてお会いし、縁あって現在は時々ポートレートの撮影をしている。何度か個展にも来てくださって私がカメラマン業などクライアントワークに興味がなく基本的に請けていないことをご存知だというのに、奇特な方もいたものだ。


もともとは写真をジャケットに使わせてもらえないかという相談で、私の作品がジャズに合うとはまったく思えなかったが、彼なりのお考えもあるのだろうと新たに撮ったものをいくつか試しにお渡しして「リリース楽しみにしていますね」などと呑気なことを言っていた。その後よく話を聞くうちデッドラインまで全然時間がないにも関わらずアートワークはおろかタイトル、イメージについて定まらないところだらけという危機的状況が徐々に明らかになり、私の作品を使うというのも根拠に乏しくちぐはぐで、出しゃばるようで不本意ではあったが少しでもお手伝いになればとあれこれヒアリングしながら一緒に整理を試みるうち、ずるずるとなし崩し的にディレクションごと背負い込むような格好になってしまった。


すべてのケースがそうとは限らないが、フライヤーなどの制作と違って音源の顔としてのアートワークはきれいなヴィジュアルがあればよしという単純なものではない。音楽とそのイメージがあり、ヴィジュアルにはヴィジュアルのイメージがあり、様々な背景と多少の言葉があり、それらの関わりや繋がりを慎重に観察して、飾るのではなく引き立て合う衒いのない自然な調和のあり方を探して本質を捉え、直感的にひとつの形にまとめ上げるというダイナミックかつ複雑な作業だ。音楽からそのヴィジュアルが見え、ヴィジュアルからその音楽が聴こえるという相互関係を目指しながら、出すぎず、引きすぎず、自分の作品でありながら同時にミュージシャンのものでもあるように、この先年月が流れ彼がベテランになり、大御所になり、やがて年老いてもそのキャリアの節目の一歩として永遠に後悔のない確固たるものであるように。己の思惟のためにしか作るつもりのない私のような人間にとって他人のための商業制作が不愉快なものであろうことは想像がついていたし、タイトルの決まらない状態でオモテ面の提出まで正味数日しかないという言語道断な話だったが、聴かせてもらったサンプル音源は世界中どこへ持って行っても恥ずかしくない水準のもので、この音楽におもちゃのお面を被せることは許されないと観念し、腹を括った。


ミュージシャンはコンセプトやテーマ、イメージ、メッセージ、ストーリーといったもののために奏でてはいない。音楽とはそんなものを必要としないひとつの巨大な謎であり、ただ真摯に挑み続けること以外にできることは何もない、そういう類のものだ。だからいざ作品にまとめて世に出そうとしたとき、一連の制作における方法論として要求される美学的思考やロジックの扱いに彼らがその音楽ほどに長けていないのは無理もないことで、かといって自分がそれを担うに適格であるのか疑ったり迷ったりしている猶予はなかった。音楽のことを第一にまずい思考の芽を摘み取り、時には拒絶もした。それが彼を傷つけ人間関係を壊すことになってもよかった。それより大事なものがあったからだ。


誤解がありそうだが、カバーの写真は私が撮ったものではない。雄太郎氏がレコーディングでスイスへと向かう機上で隣に座っていた方が撮ってくれたという北極の風景だ。制作の背景から見ても音楽の印象からしてもこれよりふさわしい素材はなく、私にどれだけ確信があってもそれが彼自身の作品でもあるよう納得してもらわねばと何度も何度も回り道をしなければならなかったが、完成したメインヴィジュアルはほぼ、それを見せてもらったとき最初に思い描いた通りの形になっている。この一枚がなければどうなっていたことか、感謝に堪えない。


嵐のようなひと月が過ぎて、気づいたらいつの間にか夏が終わりを迎えようとしている。出来上がったものが結局どうだったのか、音楽の価値を下げてはいないか、私でよかったのか。それは手に取られた方が決めればよいことだが、自分としてはこの作品における正しい一貫性のひとつをどうにか見つけることができたようにいちおう思えていて、今はただ胸を撫で下ろしている。




もうすぐリリースですね。おめでとう。きっといつまでも愛される音楽でありましょう。


鈴木雄太郎

Beyond The Arctic

2025年10月15日発売 ¥3,000(税込)

 
 
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