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旧友

  • 執筆者の写真: keiichiroyamazaki
    keiichiroyamazaki
  • 7月24日
  • 読了時間: 2分

更新日:9月21日

炎天の朝、憂鬱な用事で遠い街に。気が重くてよく眠れなかったから早く現地に入って、ぼんやりとただ歩いた。そう意志したわけではなかったが、あまりものを考えたくなかった。暑さと歩行で意識を希薄にしておきたい、そんな気分だったのだと思う。平日の朝、もうみんな始業しているであろう時間で、街にひと気はなかった。ひとつの雲もない空をなんとなく見ようと顔を上げると、一軒のクリーニング屋があり、白い古びたファサードにいかにも昭和なフォント遣いで掲げられた店名はたしかに見覚えがあった。寂れた街並みにすっかり馴染んではいたが手入れはしっかりされている気配があり、古くとも息づいてはいるのが感じられた。店の奥に通じる車路から男性が歩いてくる。ビニール袋のかかった数着の衣類を担いで歩道に出てくると、眩しそうに顔を顰め、私の前を歩き始めた。


かつてはふっくらしたおかめのような色白の少年だったのがすっかり痩せて、肌は浅黒く、レゲエバーの店主のような怪しげでワイルドな風貌になっていたが、ほんのりと面影はあった。ひょうきんもので、数学が得意だった。多少交流があったのはクラスが同じだった中学2年まで。3年でクラスも別れて、お互い交友関係も変わってきて、高校に入ってからも私は相変わらず部活ばかりのやや硬めな生徒で、とっくに部活なんか辞めていた彼はもっぱら校外で遊ぶ派手目な顔ぶれのひとりになっていたから、関わることもなかった。その後彼がどんな人生を送ってきたのかを私は全然知らない。進学先も覚えていない。ひどく暑いから無理もないがその気怠そうな顔はしかし穏やかで、何かを諦めたかのような哀愁があって、粗野な迫力もうっすらと感じられた。色々な印象が複雑に絡み合って、それがどこにも偏らない繊細な無表情を成していた。


どんな顔をして得意先に出来上がった衣類を届けて、どんな声で、どんな言葉で語りかけるのだろうか。横断歩道を渡って去っていく後ろ姿を見ながら、思った。いい数分間だった。

 
 
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