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  • 執筆者の写真keiichiroyamazaki

栓をお抜きなさい

「フーコーの振り子」の再読をもう20年近く後回しにしてしまっている。つくづく怠惰で困るけれど、直接にあれを読まずとも、日々考えること知ることのすべてが、いずれまた赴くあの不可思議な世界の道標になることもあろうと、とことん呑気に構えている。あわてない。またいつかでいい。


3人を破滅へと誘ったのは、彼ら自身がでっち上げた物語に世の中のすべてを我田引水に関連づける悪趣味なゲームだった。エーコはそれをこれ見よがしなほど知的に、コミカルに、皮肉満載で描く。でっち上げた物語。真っ当にものを考えて生きるならば誰しもそんなものを持っているし、持っているべきだとも思う。人生の道程で様々な知見を得て、それをしっかり通してものを見る。ごく自然なことだ。同じでっち上げならば、それが身を滅ぼす偏狭となるのか、己の使命と前向きに捉えられるのか。それが肝要だ。初めてエーコを読んだのは10代のころだったが、今こうして歳を重ねて、そんなことを字面だけでなくより痛切に感じられるようになった。


まだまだ先で構わないが、ピラデで彼らに再会する日がとても楽しみだ。当時は知らなかったけれど、ピエモンテの上等なワインはすばらしい熟成ポテンシャルを持っているのだし。


でも正直、アッリエ氏の洪水のようなトークを思うと腰が引けもするな。いつになるやら。

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